2022/08/16 日本経済新聞 朝刊 P19 「大機小機」
米議会が「インフレ抑制法案」を可決し、成立が確実になった。バイデン政権にとっては待ち望んだ実績になる。インフレは看板で、目玉は気候変動対策だ。電気自動車(EV)への補助や再生可能エネルギー投資の促進などを盛り込んだ。2030年の温暖化ガス排出を05年比で40%削減する効果(従来は30%)があるとの試算もある。 社会を分断する厳しい政治対立の中で脱炭素社会に向け前進した米国。片や内閣改造で「黄金の3年」の航路に乗り出す日本では、環境エネルギー分野で電力需給の逼迫が世間の耳目を集めている。
資源エネルギー庁などの資料によれば、今冬も東京エリアの電力需給は厳しい。電力はエリア全体で常時需給がバランスしなければならない。予備率=供給余力の3%確保が基本だが、それすらままなならない状況だ。 同庁の資料では電源の追加公募など様々な対策も列挙されている。しかし、「脱炭素電源等への新規投資促進策」の項目中、「2050年までに脱炭素化することを前提として」火力電源を対象とする、との記述は気になる。
日本は電源の脱炭素化のスピードが主要7カ国(G7)で最も遅れており、50年に向けた目標も野心的でないとの批判が強い。安易な後退は避けるべきではないか。火力の脱炭素化は不確実性が高い。 電源脱炭素の主力を担う再エネは、技術的に確立しコスト低減も進んでいるが、日本での評価は低い。原子力や一部火力の出力水準を一定に維持するルールの下、太陽光などの大量発電時には出力抑制が課される。九州電力管内では22年3月27日に太陽光発電容量の約4割が抑制された。
しかし再エネは純国産だ。無駄なく使い切れば輸入燃料の使用量が減り、セキュリティー、貿易収支両面でプラスとなる。分散型なので、外部からの攻撃や感染症への強靱(きょうじん)さは大規模電源に比べて高く、安定供給上の付加価値も大きい。火力発電の増強は、国際エネルギー情勢から見ても賢明なのか。構造的対策というのなら、地域間連系線の増強加速に加え、太陽光発電量の多い昼間への需要シフトや蓄電池投資のインセンティブを高めるなど、市場メカニズムを活用する知恵を絞ってほしい。脱炭素の王道を踏み外さぬことを望みたい。(青獅子)